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東京高等裁判所 平成5年(う)1205号 判決

主文

原判決を破棄する。

被告人を無期懲役に処する。

原審における未決勾留日数中一三〇日を右刑に算入する。

押収してあるトカレフ自動装てん式けん銃一丁(東京高裁平成五年押第四二〇号の1)、実包八発(うち一発は分解されたもので火薬添付のもの、二発は試射済みのもの、同押号の4)、手錠一個(同押号の8)、鍵一個(同押号の9)、ビニール袋入り覚せい剤一袋(同押号の13)、カッターナイフ一本(同押号の16)及び柳刃包丁一丁(同押号の17)を没収する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人渡辺昇一作成の控訴趣意書及び弁護人垰野兪、同横塚章連名の控訴趣意補充書に、これに対する答弁は検察官伊藤厚作成の答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるから、これらを引用する。

所論は、要するに、原判決は、(1)罪となるべき事実第一として、甲巡査(以下「甲巡査」という。)のほか、乙警部補(以下「乙警部補」という。)についても、被告人に殺意が認められるとして、同警部補に対する殺人未遂罪が成立するとしているが、被告人には同警部補に対する殺意は認められない、(2)罪となるべき事実第四として、被告人に丙巡査(以下「丙巡査」という。)について殺意が認められるとして、同巡査に対する強盗殺人未遂罪が成立するとしているが、被告人には同巡査に対する殺意は認められない、(3)罪となるべき事実第六として、被告人に丁に対するけん銃の発射について故意が認められるとしているが、被告人は誤ってけん銃を発射したものであり、被告人には丁の負傷について故意は認められない、原判決にはこれらの点について事実誤認があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである。また、被告人を無期懲役に処した原判決の量刑は重すぎて不当である、というのである。

所論に対する検討に先立ち、職権をもって、原判示罪となるべき事実第一に関する原審の審理手続について検討する。

記録によると、原判示罪となるべき事実第一に対応する起訴状の訴因は、「被告人は、甲巡査、乙警部補らが、被告人を強盗致傷事件の被疑者として通常逮捕しようとした際、これを免れるため、殺意をもって、前記警察官両名に対し、所携の自動装てん式けん銃で銃弾一発を発射し、もって、(中略)、甲巡査を心臓銃創による失血により死亡させて殺害し、さらに、右銃弾を乙警部補の左下腿部に命中させたが、(中略)左下腿銃創の傷害を負わせたにとどまり、殺害の目的を遂げなかった」というものであるが、検察官は、第一回公判期日において、右訴因の「前記警察官両名に対し」という文言は法律的評価を踏まえての記載である旨釈明した上、冒頭陳述において、「被告人は、殺意をもって、甲巡査を狙って、けん銃で実包一発を発射した。被告人の発射した銃弾は(中略)、同巡査の心臓から背部を貫通し、さらに、同巡査の後方にいた乙警部補の左下腿部に命中し、」とし、証拠調べの後の論告においても、「弁護人は、被告人には、乙警部補に対する殺意がなく、殺人未遂は成立しない旨主張するが、昭和五三年七月二八日最高裁判決等の判例に照らし、甲に対し発射した銃弾が甲の身体を貫通して、たまたま通行中の乙にも命中し、乙をも傷つけた場合には、甲に対する殺人のほか乙に対する殺人未遂も成立することは確立された判例理論であるから、弁護人の右主張は理由がない。」としていることが認められ、このような原審の審理経過からすれば、被告人に乙警部補に対する殺意が認められ、したがって殺人未遂罪が成立するとする本件訴因は、錯誤論の適用を前提とするものであることは明らかである。

これに対し、原判決は、罪となるべき事実第一として、起訴状の訴因とほぼ同じ事実を認定摘示するとともに、乙警部補に対して殺人未遂罪は成立しないとする弁護人の主張に対する判断として、「しかしながら、昭和五三年七月二八日最高裁第三小法廷判決(刑集第三二巻第五号一〇六八頁)に徴すれば、右主張は理由がないことが明らかであるが、本件事実関係を仔細に検討すれば、打撃(方法)の錯誤に法定的符合説を適用する右判例の手法を採るまでもなく、より直截的に乙に対する殺人未遂罪の成立を肯定することができる。」とした上、関係証拠を検討し、これらの関係証拠によって認められる本件の事実関係からすれば、被告人が、「追跡してきた甲巡査のみならず乙警部補にも弾丸が命中することを認識、認容していたものと認められる。」と認定摘示していることが認められ、原判決の認定摘示には、被告人の乙警部補に対する殺意の認定につき、錯誤論の適用を前提とするかのような表現もあるが、全体として見た場合には、錯誤論の適用を前提とするものではなく、これと両立することのない、事実の認識、認容があったことを前提にするものであることは明らかである。

しかし、被告人の乙警部補に対する殺意につき、事実の認識、認容があったとするか、あるいは、事実の認識、認容はなく、錯誤論の適用を前提とするかは、事実関係に重要な差異があることは明らかであり、原裁判所において右のような認定判断をするためには、審理の過程で検察官に釈明を求めるなど、事実の認識、認容があったかどうかを争点として顕在化させる措置等がとられる必要があるというべきところ、記録上原審の審理の過程でそのような措置がとられた形跡は認められず、したがって、原判決には、そのような措置等をとることなく、検察官が釈明等により明らかにした訴因と異なる事実について認定判断した、訴訟手続の法令違反があるものというべく、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

(なお、原判決は、被告人の乙警部補に対する殺意について、被告人に乙警部補に銃弾が命中し傷害の結果が発生することについての認識、認容があったと認定しているが、原審で取り調べられた関係証拠によると、被告人は、原判示ホテル「ロイヤル」で妻とともに駐車していた自分の乗用車に乗り込もうとした際、張り込んでいた警察官から呼び止められ、一人で一目散に走って逃げたが、建物とフェンスとの間が約一メートルの狭い、しかも背丈の高い雑草等の茂った同ホテルの裏側で、後から縦一列になって被告人を逮捕すべく追跡する警察官らに追い詰められ、被告人の後ろ一メートル足らずに甲巡査が、さらにそのすぐ後ろに乙警部補が迫ったところを、逮捕を免れるため、振り向きざま、すぐ後ろの甲巡査に向かって、右手に持ったけん銃から銃弾一発を発射したものであること、被告人は、背後から幾人か複数の警察官が追跡してくることを認識していたが、その人数、位置関係等を把握し得る状況ではなかったこと等の事実が認められ、これらの事実からすれば、被告人は、自己の背後一メートル足らずに迫った甲巡査を狙って発砲したことは明らかであり、被告人が、けん銃購入後試射し、ある程度けん銃の威力を承知していたこと、被告人が地面より一段高い所に位置してけん銃を発砲したと思われること等の事実が認められるとしても、けん銃から発射した銃弾が、甲巡査の身体を貫通した後、同巡査の背後にいた乙警部補にまで傷害を負わせるということは、被告人にとって予期しない出来事であったと認めるのが相当であり、被告人において、乙警部補に銃弾が命中し傷害の結果が発生することについての認識、認容があったとは認められないというべきである。)

そして、原判決は、原判示罪となるべき事実第一の罪とその余の原判示各罪とを刑法四五条前段の併合罪の関係にあるものとして、一個の刑を言い渡しているので、原判決は全部について破棄を免れない。そこで、控訴趣意についての判断を省略し、刑訴法三九七条一項、三七九条により原判決を破棄し、同法四〇〇条ただし書に従い、被告事件について更に判決する。

(罪となるべき事実)

原判示罪となるべき事実第一の記載を次のように改めるほかは、原判示(犯行に至る経緯等)及び(罪となるべき事実)のとおりである。

「平成四年七月八日午後四時ころ、妻とともに投宿していた神奈川県大和市下鶴間〈番地略〉所在のホテル「ロイヤル」敷地内において、情報を得て被告人の逮捕に赴いていた神奈川県警察本部刑事部機動捜査隊巡査甲(当時三一歳)、同刑事部捜査第一課警部補乙(当時四五歳)らが、被告人を強盗致傷事件の被疑者として通常逮捕しようとした際、これを免れるため、殺意をもって、被告人のすぐ後ろを追跡していた甲巡査の身体を狙い、所携のトカレフ自動装てん式けん銃(東京高裁平成五年押第四二〇号の1)で銃弾一発を発射し、もって、甲巡査らの職務の執行を妨害するとともに、甲巡査の胸部から背部に銃弾を貫通させ、よって、そのころ、同所において、同巡査を心臓銃創による失血により死亡させて殺害し、さらに、右銃弾を同巡査のすぐ後ろから被告人を追跡していた乙警部補の左下腿部に命中させたが、同警部補に加療約一か月半を要する左下腿銃創の傷害を負わせたにとどまり、殺害するに至らなかった」

(証拠の標目)〈省略〉

(弁護人の主張に対する判断)

一  罪となるべき事実第一について

弁護人は、錯誤に関する判例理論からすれば、被告人に乙警部補に対する殺意が認められると考えざるを得ないようにも思われるが、本件は最高裁判決の事案とは事実関係を異にするものであり、本件に錯誤に関する判例理論を適用して、被告人に乙警部補に対する殺意が認められるとすることには疑問がある、被告人には乙警部補に対する過失傷害罪が成立するのみであり、殺人未遂罪は成立しない、と主張する。

しかし、原審で取り調べられた関係証拠によって認められる、被告人が甲巡査に向かって発砲するに至った状況等は前記のとおりであるが、関係証拠によれば、被告人は、被告人を逮捕すべく後ろから縦一列になって追跡する警察官らに追い詰められ、被告人の後ろ一メートル足らずに甲巡査が、さらにそのすぐ後ろに乙警部補が迫ったところを、逮捕を免れるため、振り向きざま、甲巡査の身体を狙って、右手に持ったけん銃から銃弾一発を発射し、判示のとおり、甲巡査の胸部から背部に銃弾を貫通させ、さらに、右銃弾を乙警部補の左下腿部に命中させたことが認められ、被告人が背後に迫った甲巡査を殺害する意思のもとにけん銃から銃弾一発を発射するという殺害行為に出、同巡査を殺害するとともに、同じ殺害行為により、乙警部補に左下腿銃創の傷害を負わせたのであるから、それが被告人の予期しなかったものであったとしても、被告人に同警部補に対する殺意が認められるというべきは明らかであり、したがって、同警部補に対する殺人未遂罪が成立することは明らかである。

弁護人は、最高裁判決の事案は、通行人に入院加療二か月の腹部貫通銃創という、身体の重要な部位に重大な結果を発生させたというものであるのに対し、本件は左下腿銃創の傷害という殺人としての実行行為性のない場合であり、事実関係が異なるものであるから、本件に判例の理論を適用することはできない、このことは、原判示罪となるべき事実第六につき、被告人の丁に対する殺意が問われていないことからも明らかである、と主張する。

しかし、被告人の予期しなかったものとはいえ、人に対し殺害行為に出その殺害行為の結果として傷害を負わせた本件と、殺害行為のない原判示罪となるべき事実第六の丁に対する傷害とが異なることは明らかであり、また、本件が弁護人のいう最高裁判決の事案と傷害の部位、程度等、事実関係に異なるものがあることはそのとおりであるが、これが被告人の乙警部補に対する殺意についての前記認定判断を左右するものとは認められない。

したがって、この点についての弁護人の主張は採用することができない。

二  原判示罪となるべき事実第四について

弁護人は、被告人の丙巡査に対する殺意につき、被告人の乗ったトラックの窓枠の高さからみると、丙巡査の身体のうち、せいぜい頭が窓枠下部から少し出るくらいの状態であり、被告人が窓枠から身を乗り出さない限り同巡査の姿を見ることは困難である、現に、被告人には丙巡査の姿は見えず、同巡査が手にした盾だけしか見えなかったものであって、被告人は、同巡査からの攻撃や逮捕を免れるため、脅しのために盾に向けてけん銃を発砲したのであり、被告人には同巡査に対する殺意はなかった、と主張する。

しかし、関係証拠、特に司法警察員作成の各実況見分調書(甲二九号、一六四号)等によれば、トラックの運転席の被告人から丙巡査の身体が見えなかったとは認められないこと、当審における事実取調べの結果によれば、盾の大きさは、縦八〇センチメートル、横四七センチメートル程度であって、同巡査の身体全体を覆っていたものではなく、けん銃の発射状況いかんによっては、銃弾が直接あるいは盾に跳ね返るなどして同巡査に当たることは十分あり得ることであると考えられること、被告人自身、捜査段階において、運転席の斜め後ろに盾を持った警察官がおり、棒のような物を振り上げ自分に向かってくる様子であったので、このままでは逮捕されてしまうと思い、警察官の身体めがけてけん銃で射った旨明確に供述しており、右供述自体に格別不自然不合理なところは認められないこと等からすれば、本件で被告人が発射した銃弾は丙巡査が構えた盾に当たり、同巡査の身体に当たらなかったとしても、それが被告人において脅しのため盾のみを狙ってけん銃で撃ったからであるとは到底認められず、被告人の丙巡査に対する殺意は優に認められるというべきである。

したがって、この点についての弁護人の主張は採用することができない。

三  原判示罪となるべき事実第六について

弁護人は、丁が負傷したのは、被告人が故意にけん銃から銃弾を発射したからではなく、丁を脅すためにけん銃の引き金に指を掛けて同女の顔の方に突き付けていた際、同女が銃口を握った手を右に押しやったために、誤って引き金が引かれた結果であり、そのため被告人自身も左腕を負傷している、被告人は、当時、けん銃には銃弾が一発しか残っていないことを意識していたのであり、逮捕が迫るなどの状況でもないのに、残り一発の銃弾を使うということは不合理である、被告人には丁の負傷につき故意は認められない、と主張する。

しかし、関係証拠によれば、確かに、けん銃から銃弾が発射されたのは、丁がけん銃の銃口を右手でつかんだまま、銃口を右方に押しやるようにしたときのことであると認められるが、同女は、銃口が顔から外れるように、銃口をつかんた右手を右方に押しやったにすぎず、このような丁の動作によって被告人が誤って引き金を引くということは考えられないこと、また、被告人自身の負傷も、丁が銃口の向きを変えたため、起き上がろうとする同女の首を押さえていた自己の左腕にも銃弾が当たったのであり、被告人が誤って引き金を引いた結果であるとは考えられないこと、さらに、関係証拠によれば、被告人は、その直前に二度警察官にけん銃を発砲するなどして、警察官から追跡されており、逃走用の車を奪い人質にするため、丁にけん銃を突き付け、助手席に移るように指示して同女を助手席の方に押し倒すなどしたが、同女が被告人から逃れるべく激しく抵抗し、左手で起き上がろうとする同女の首を押さえ、右手に持ったけん銃を同女の顔付近に突き付けるなどしても、なおも同女が抵抗したため、このままでは同女を人質にして逃走を図ることができないばかりか、そのうちに追跡する警察官に捕まってしまうとの焦りと同女に対する腹立たしさから、けん銃を発砲したものであるとの事実が認められ、これに沿う被告人の捜査段階における供述に不自然不合理なところはなく、十分信用することができるというべきであり、けん銃に残っていた銃弾が最後の一発であったとしても、それを使用することが格別不自然であるとも認められない。したがって、丁の負傷につき、被告人の故意は優に認められるというべきであり、この点についての弁護人の主張は採用することができない。

(法令の適用)〈省略〉

(量刑の理由)

本件は、被告人が、平成二年七月、覚せい剤取締法違反の罪により、懲役一年六月、四年間執行猶予の判決を受けながら、その後程なくして仕事をやめ、覚せい剤を使用するなどの生活を続けるうち、生活費や遊興費に窮し、平成四年一月から同年六月までの間、原判示罪となるべき事実第一〇ないし第一二及び第一五ないし第二四のとおり、共犯者らとともに、夜間、柳刃包丁等を準備し、狙いをつけた車に自分の車を追突させ、降車した被害者に柳刃包丁等を突き付けるなどして、金品を奪い、中には柳刃包丁で被害者の腹部、大腿部等を突き刺し傷害を負わせるという、強盗三件、強盗致傷三件、窃盗三件、恐喝二件の各犯行や監禁一件、銃砲刀剣類所持等取締法違反四件の各犯行を繰り返し、そのため警察から指名手配されるや、逮捕を阻止すべく、逮捕に向かう警察官に対して使用するため、暴力団関係者からけん銃とこれに適合する実包を購入して、常にこれらを身に付け、その直後の同年七月八日、罪となるべき事実第一のとおり、被告人を逮捕すべく追跡する警察官に対し、逮捕を免れるため、至近距離から、右けん銃から銃弾一発を発射し、そのため一名を心臓銃創により殺害し、他の一名に左下腿銃創の傷害を負わせ、その後逃走を図るため、原判示罪となるべき事実第二ないし第九のとおり、母親とともに公園で遊んでいた三歳の幼児を人質にして車に連れ込み、追跡する警察官に再度けん銃を発砲し、車で帰宅した主婦を人質にして車を奪うべく、けん銃を突き付け、銃弾一発を発射し、主婦に右手貫通銃創の傷害を負わせ、同日から翌九日の夜間にひそかに他家に侵入した上、家人に気付かれるとナイフを示し、長時間にわたり家人を脅して立て籠もり、さらに、警察官から同家を包囲されると、家人を人質にして逃走を図ろうとした等、という事案である。

被告人の本件各犯行は、夜間柳刃包丁を使用するなどの強盗、強盗致傷、逮捕に当たった警察官に対するけん銃使用の殺人、殺人未遂、逃走のための未成年者略取、ナイフを使用しての逮捕監禁致傷等、一件一件が重大かつ稀に見る凶悪な犯行であるというべきものであるが、動機に全く酌むべきものがないこと、犯行の態様が極めて悪質であること、その結果ははなはだ重大であること、特に、判示甲巡査に対する犯行は、職務に邁進した若い前途のある警察官の一命を瞬時にして奪い去り、非業の死を遂げさせたものであって、本人の無念さはもとより、結婚後一年数か月で夫を奪われた若妻、最愛の息子をなくした両親等、残された遺族の心中は察するに余りあるものがあること、また、公園で遊ばせていた幼児を、自己の面前で、突然けん銃を手にした犯人に拉致され人質にされた母親、犯人にけん銃を突き付けられ、車を奪われ人質にされそうになり、銃弾で手を撃ち抜かれた主婦、更には、犯人に夜間ひそかに屋内に侵入され、気付いた後はナイフを突き付けられて長時間監禁された夫婦、特に犯人が逃走を図る際に人質として拉致されかかった婦人等々、いずれもその受けた恐怖感には計り知れないものがあること、被害者の中には、重い精神的あるいは肉体的後遺傷害を残す者もあること、被害者らの被告人に対する被害感情には極めて厳しいものがあること、けん銃を所持したまま犯人が逃走しているということで、近所の学校、幼稚園等の多くが臨時休校、休園を余儀なくされるなど、付近住民に与えた恐怖、影響等も非常に大きいものがあること、その他、被告人のこれまでの犯罪歴からも、被告人には強い犯罪傾向がうかがわれることなどに徴すると、本件の犯情ははなはだ悪く、被告人の刑事責任はまことに重いといわなければならない。

それ故、被告人は幼少時から家庭環境に恵まれなかったこと、被告人は、長期にわたった勾留生活を通じて、本件を反省していること、被告人は現在なお二五歳の若年であり、また、被告人には年若い妻と幼児がいること、被告人の母において、財産犯の被害の一部を弁償するなど、被害者の慰謝に努めていることなど、被告人のためにしん酌することができる諸事情を十分考慮してみても、被告人に対しては、無期懲役刑をもって臨むほかはないというべきである。

なお、判示罪となるべき事実第一についての被告人の乙警部補に対する殺意の認定は、被告人に事実の認識、認容が認められるというものではなく、錯誤論の適用を前提にするものであり、事実の認定に原判決と異なるところがあることは前記のとおりであるが、この点を十分考慮してもなお、無期懲役の刑を軽減すべきものとは認められない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡田良雄 裁判官長島孝太郎 裁判官毛利晴光)

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